英語の指導について考える

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塾通信(5月)の内容です。

今月はスケジュール変更や学校の予定について特にお知らせすることがなくなってしまいましたので(*学校の行事日程の大幅な変更による)、今回は日ごろの塾での英語指導について少し語らせていただこうと思います。

重きを置く部分が学校や他塾と異なる点が多いかもしれませんが、お父さま・お母さまにはぜひ気楽に読んでいただけますと幸いです。

なお、ダラダラとまとまりのない文章になってしまう自信がありますから、文面と話し言葉にはどうかご容赦ください。(※今回はできれば文面がお子さまの目に触れないようお願いします。)

英語はまず“読める”がもっとも重要。

塾では毎回ほとんど欠かさずに英文の音読をやっている。

「英語が苦手」と言って入塾してくる子が多い現状。そういう子たちはたいてい英文をまともに読むことができない。

それは文法やテクニックに傾倒しすぎて、英語という“語学”の本質を見失った結果であろう。

入塾したあとの「スラスラ読めるようになった」という心理は、わりと早い段階で「英語が分かるようになってきたかも…」というプラスの自己暗示に繋がる。

そしてその“勘違い”が自然と英語の学習量を増やすきっかけとなり、少しずつ“本物”になっていく。

実際、中学の教科書本文には、なかなかに音読しづらい文章も出てくる。

それを毎年読んで内容も覚えてしまっている私ですら、改行の際に想定外の単語が現れたときなど、読みが詰まってしまうことも少なくない(親御さんにも試しにぜひ読んでみてほしいです。)。

…とは言いつつ、それは授業の準備段階の話であり、こと授業になればそれを涼しい顔をして澱みなく読んでいく。

当たり前だが、教える側が「読みづらい」を決してオモテに出すわけにはいかない。

だから毎回子どもたちが来る直前に、30回以上は英文の読みとシャドーイングの練習。

実際、「ふつうに読める」と「スラスラ読める」の差がいかに大きいかは、私よりも子たちのほうが実感しているようで、だからこそいつも音読には力が入ります。

単語の“再テスト”はやらない。

まず大前提として、塾で単語テストの不合格はめったに出ない。

毎回たった10問とはいえ、週2回の授業があるので週20問。

テキストの宿題も別にあるため、子どもたちにとっては結構な負担になっているようです。

もし不合格の子が出てしまった場合の対処。

その回を再テストでフォローするのも方法のひとつで、そこは塾によって対応が分かれるところであろう。

ただ、 “再テスト”には私自身「罰則」以外の意味がそこまであるとは思えない。

1回目での合格は、子ども自身の強い“意志”の表れ。

対して“再テスト”の実施は、また次のテストでの不合格を助長してしまう可能性をはらむ。

「単語テストは自分の英語に対するやる気を映す鏡だよ。」…と、これは子どもたちに私がよく言うセリフで、もし不合格になろうものなら、ふだん優しい私がどうなってしまうかもみんなよく分かってます。

長文はキレイな日本語になるようにちゃんとうしろから訳す。

英語の指導においてこのやり方はおそらく少数派です。

今の常道では英語も日本語と同様に「前から訳す」。

たとえば、「I played tennis / in the park / yesterday.」という文なら、「私はテニスをしました / 公園で / 昨日」と前から訳すのが今や普通です。

そこを塾ではちゃんとした日本語、「私は昨日公園でテニスをしました。」と訳させることが多い。

とはいっても、“綺麗な日本語”にすること自体がそもそもの目的ではない。

今、学校や塾で勉強しているのは“英会話”などではなく“テストで点数が取れる英語”。

つまり英文の前半部分(背骨の部分)に目を配りつつ、はじめから文全体を見てその構造を自然に理解するのが着地点。

子どもたちにはなかなか厳しいハードルにはなるが、その分、得るものは大きい、というわけです。

子どもの英語力が年々低下している?

塾での指導とは話が逸れますが、以下はある教育系新聞の記事抜粋です(4/20)。

「もう小学校で英語を教えないで…」中学校教師から悲痛な叫び、なぜ”早期教育化”が英語力低下の原因になるのか

小中学生の学力低下が問題になっているが、その中でも英語力の低下が著しい。文部科学省の経年変化分析調査で21年度と24年度の学力テストで平均点の低下を見ると、国語は12.7、数学は8、英語は22.9ポイント下がっている。小学校で英語教育が必修となったのに、なぜ、英語力がほかの科目よりもさらに下がっているのか。
「小学校の英語教育と中学以降のそれがまったく違うものになっています。小学校段階では会話やコミュニケーションを指し、中学以降は高校受験や大学受験を突破できる英語の読み書きができることを目指します。ここに差があります」。英会話は流暢にできる帰国子女が、大学受験を突破できないパターンはしばしば見受けられる。それは「会話をするための英語力」と「読み書きができる」のではまったく別物だからだ。現在の小学校英語は、会話と音(リスニング)にウェイトが置かれている。読み書きも少しは含まれるが、なぞり書きやパズル的な活動が中心だ。ところが中学校に入ると、突然、机に向かって、文を自分で読んで書き、文法を学ぶ世界へと飛び込まなければならない。ほかの教科は、小学校から中学校へと階段を一段ずつ上がっていき、連続性がある。ところが、英語だけは「まったく別のものを学ぶ」感覚に陥るぐらい、小学校と中学校で内容が違う。
「小学校での英語はみんなでゲームやおしゃべりをするものでした。それが英語の学習と思い込んでいた子どもたちは、中学校で急に机に向かって文法を学ぶ場面に直面すると、『小学校でやった英語の勉強とは違う。楽しくない』と急に英語が嫌いになることもあり得えます」これが悪循環の入り口だ。SNSを見ていると、現役の公立中学校の英語教師と名乗る人たちが「小学校では英語を教えないでほしい、中学で一から教えたい」と嘆いている。それは小学校で「楽しい英語体験」を先に積んでしまうと、中学以降の文法や語彙の反復を求める学びが余計に苦痛に感じられるということもあろう。

中学での英語力低下について塾のブログにも以前に書いており、私としても思うところはある。

上の記事に補足として。

中学で習得する英単語が2021年度から1700~1800語ほどになっている(それ以前は約1200語。2025年度は小改訂なので大幅な変更はなかった。)。

その事実に対し文科省は『うち700語ほどは小学校で習得するため実質的な負担は変わっていません。』みたいな文言。

しかし実際子どもたちに聞き取ったかぎりでは、その700語はせいぜい「なんか見たことがある」程度で、小学校で単語の書き取りの練習・テストなどをやった記憶はほとんどない、とのこと。

塾では固有名詞などを除いた分で単語テストを実施しており、
その数、中1…639語中2…461語中3…384語

中1は簡単な単語が多いとはいえ、あえて「小学校でのやり残し」と言ってしまえば、その分の負担のほとんどが英語習いたての中1に乗っかってきている。

英語に“苦手意識”を持つ子どもが増加するのは必然なのでは?

教科書作成には現場の教員も含め数十人の専門家が携わっているにもかかわらずなぜこうなる?

“ゆとり教育”以降、こんなことでは文科省のやってることがいよいよ『机上の空論』と言われても仕方ない気がします。(本音です。)

おわりに

いつももっとほかにいろいろ考えながら英語の授業をしているはずですが、思いつきで文章にするとなればなかなか出てこないものです。

予想どおりとりとめのないお話になってしまいましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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